2017年06月17日

『とある飛空士への追憶』感想

 犬村小六氏の『とある飛空士への追憶』を読了したので感想を。ネタバレです。

とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫) -
とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫) -

雑感

 『とある飛空士への追憶』はガガガ文庫より2008年出版の、犬村小六氏の一巻完結のライトノベル。初めは無名だったが、口コミにより大きな人気を博し、現在では犬村小六氏の代表作となっているようだ。メディアミックスもされ、漫画版や映画版も存在している。ちなみに、原作自体も加筆修正された新装版が存在するが、自分が読んだのは原著のもの。
 もう一つ注釈を入れるが、『とある飛空士への追憶』が好評を博したため、世界観をそのままに舞台を変え、シリーズ化されたようだ。ネットを調べてみると、相当数のシリーズや派生作品が存在するようだけど、今回は『とある飛空士への追憶』一作品に絞って感想を書く。というか、自分はシリーズはこの作品以外、まだ一冊も読んでいないので、そうせざるを得ないのだが。
 『とある飛空士への追憶』の登場人物のその後が、他のシリーズで描かれていることがあるようだし、世界観についてもずっと掘り下げられているようだ。そのため、シリーズ読者なら自明のことだったり、トンチンカンに見えることを書いてしまうかもしれないけれど、どうかご勘弁を。

 感想に。
 この作品について思うことは、「極まって王道」。それに尽きる。
 二国間戦争の只中。主人公のシャルルは二国の混血として差別される、ヒエラルキー下層の傭兵飛空士。ヒロインのファナは由緒正しい貴族の娘で、皇子に見初められた未来の皇妃。身分違いも甚だしい二人。この二人が、この物語の担い手となる。キャラクタのバックボーンからして、とても王道的。「身分違い」というジャンルを真っ向から取り入れた形だ。
 シャルルは空を愛していた。地上の価値観を些事だと思え、空には身分が存在しない自由な場と感じる彼の感性は、心地よい清涼感をもたらしてくれる。それでいて、彼は自分を律することができる根っからの軍人であり、自分の在り方を確固として弁えられる青年だった。そして、身分は下賤と言われても、レヴァーム空軍の中で屈指の飛空士として称されていた。
 ファナは現実に押し潰されていた。「光芒五里に及ぶ」と称されるほどの美貌を持ちながら、鑑賞される鳥かごの中の貴族として生きざるを得ない自分に摩耗し、極秘の作戦概要を容易く敵に漏らしてしまうほどに愚かな皇子の元へ嫁がなければいけない世界に、絶望していた。そして、いつの間にか自分自身にすら価値を抱くことを忘れた。
 そんな二人は、「水上偵察機一機で、敵地に落ちつつある場所にいる未来の皇妃を、敵の警戒網を隠密に掻い潜り、皇子の元へと届ける」、極秘特務「海猫作戦」によって短く、そして深く、交わることになる。

 この作品について最も賞賛したところは、「シャルルとファナ、二人だけの逃避行」をしっかりと描いてくれたところだ。戦記物だったり、あるいはファンタジーものだったりすると、どうしてもより上位の存在の陰謀劇だったり、または敵の内実や策が描写されたりする。
 実はこの作品の前に、福井晴敏氏の『終戦のローレライ』を読んでいたわけだが、『終戦のローレライ』は典型的なそういうタイプの作品で(福井氏のカラーがもともとそうなのだが)、もちろん面白いし話に深みが増すけれど、場面がコロコロと切り替わり、読んでいて煩わしいと思うところが自分にはあった。『とある飛空士への追憶』はそういう部分がない。シャルルとファナ、二人の交わりだけをトコトン突き詰めている。
 二人だけで敵中突破という過酷な道程、覚束ないやり取り。初めての難関を突破し、シャルルとファナの相棒となる水上偵察機「サンタ・クルス」の上で羽を休め、夜を迎えながら徐々に近づいていく二人の距離感。敵の重巡に補足され、死が極限まで迫り、されどファナを生かすため負傷しながらも戦う、シャルルのエースパイロットとしての生存本能と、男としての矜持。それに間近で対面しながら、力になれないファナの自身の無力さの自覚。そして、それをなお乗り越えてより濃密になる二人の関係性−−身分を乗り越えて、二人は明確に恋を自覚し合う。
 どこまでも深々と二人と一機について描写してくれるからこそ、読者は感情移入が増していく。彼らの道程が幸福な結末を迎えてくれと思ってしまう。あるいは、シャルルとファナがすべてを投げ捨て結ばれてくれと、一読者は願ってしまう……だけど、この物語は残酷な結末が、始まる前から定められている。「身分違い」というジャンルであれば、それは甚だ自明なことでもあった。すなわち、別れ。
 無感情であることをやめ、本来の溌剌な性格が顔を出し、持ち前の美貌と無邪気な言動でシャルルに迫ってくるファナに、恋情も欲望も抱いてはいけないとシャルルはずっと自身に言い含める。一介の傭兵が未来の皇妃を拐かしてはいけない。それでも求めてくるファナとの距離が近くなれば、シャルルは作戦中でありながら酒に溺れてしまう。しかし、シャルルは海猫作戦を遂行する最後の瞬間まで、傭兵であり続けた。シャルルという主人公が、読んでいてどれほどうまい造形か、と幾度思ったことか。
 最後の一日は、同時に最大の関門でもあった。レヴァーム空軍の最新機である「サンタ・クルス」を容易に性能をしのぐ敵機「真電」複数機に補足され、それでもなお最高の技量でシャルルは凌ぐ。しかし、敵国である天ツ上の最高の飛空士に一騎打ちを挑まれ、追い詰められる。いよいよシャルルが死を覚悟した瞬間に、この旅路で成長したファナが機銃を手に取り、二人の天才飛空士を刹那忘我させるほどの一撃を加え、シャルルとファナはついに最後にして最大の関門を突破した。
 そして、任務を終え、確約された別れ。ここは多くの読者の泣き所だろう。自分も表には出さずとも、充分に心中で泣けた。個人的に最も泣けたのが、シャルルが「一人の男」としての矜持を魅せた部分だ。
 本当に傭兵として忠実でありたいなら、報酬の砂金をもらったあと、シャルルは一切を告げずにファナの前から消えるべきだった。だけど、シャルルは最後に二人の旅路を伴にしたサンタ・クルスで舞いながら、報酬の砂金を空へと振りまきファナへの「餞」とした。ファナはその姿を見て「この一瞬を永遠とするため」と解釈したし、実際にそうなのだろう。
 恋した人との最後の一瞬、永遠に自分自身に、ファナの胸に、そして愛している空へと刻み−−どこまでも感傷的で、かつささやかなエゴイズムで−−、そこに任務中、ついぞファナへと告げなかったシャルルの男としての心情が深々と込められている。これほど美しく男の恋の決着が描かれていたのなら、同じ男として泣けないはずがない。
 終章に関しては、小粋なファンサービス。
 終戦までの二人の軌跡を追い続けたというノンフィクション作家が自著で綴った一節、その後のシャルルが生きて終戦を迎えたのか−−あるいはファナと再び出会うことができたのか−−それはすべて読者に委ねる、という「とぼけた」メタ的な締めは、この作品のオチとしてこれ以上のものはないだろう。
 
 奇をてらった部分は何もない、よくある設定で、よくあるキャラクターで、よくある物語運び。だけど、「よくある」というのは、普遍的であるということは、それだけ人を違和感なく没入させ、感動させてくれるものだ。そういうものが集まって、一つの「王道」として昇華される。この作品ほど相応しい「王道小説」はない。最後のページに結ばれた、「ひと夏の恋と空戦の物語」という一文に、何一つ違わず最後まで描ききった、ライトノベルの中でも一際目立った輝きを灯す、優れた一冊であろう。

 以上、感想でした。
posted by がるざく at 10:30| Comment(0) | 小説 犬村小六 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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